地底海に眠る

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動物のひみつ(アシュリー・ウォード著)読書感想文


 

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かなり分厚い本ですが、分かりやすくユーモアを交えて書かれておりとても読みやすい本でした。

科学者の多くは、人間は特別な存在であり、動物に人間のような心の機微や情緒を(ナラティブに)感じるのは感傷的であって全く科学的でない、というスタンスが主流な気がするけれど、それはおそらくキリスト教の「人間は神を模倣して作られた特別な存在である」という宗教思想から来ている誇大妄想なだけで何の根拠もないのではないかと思う。

そもそも何故脳細胞が集まると「自我」や「感情」や「思考」が生み出されるのかも分かっていない。

地球の全ての生き物は遡れば「LUCA」という単細胞生物の共通祖先に辿り着く。

https://www.jamstec.go.jp/j/pr/topics/shin-chishiki-20240816/#:~:text=%E3%81%84%E3%81%BE%E5%9C%B0%E7%90%83%E3%81%AB%E3%81%84%E3%82%8B%E7%94%9F%E5%91%BD%E3%81%AE%E5%85%B1%E9%80%9A%E7%A5%96%E5%85%88%EF%BC%88%E3%81%8D%E3%82%87%E3%81%86%E3%81%A4,%E3%83%AB%E3%82%AB%EF%BC%89%E3%80%8D%E3%81%A8%E3%81%84%E3%81%84%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82

バナナと人間は遺伝子の50%を共有しており、遡ると真核生物の共通祖先に辿り着くし、非常に高い知性や情緒があり「コーダ」と呼ばれる音による社会的なコミュニケーション手段も持っているクジラとは約一億年前に共通祖先が存在していると言われる。

仲間の死を悼み葬儀のような行動もとる象とは約9000万年前に共通祖先がある。

ネズミも同じ白亜紀くらいに共通祖先がある。

人間は物を作り出す天才だが、それ以外の部分、特に「社会性」や「情緒」「共感」「分かち合い」「民主主義」「言語」「コミュニケーション力」などは他の動物と大きく異なる特性とはいいがたいのではないかと思ったりする。

「社会性」とは何か

社会性が強いとされる生き物の代表格は「アリ」や「ハチ」などだが、アリやハチ、(ゴキブリの一種である)シロアリ等の個体一匹一匹にはおよそ知性と呼べそうなものはまったく見出すことが出来ない。個体は全体を把握する力も無いし、何かリーダーがいて目的に応じた指令を受けて組織的に動いているわけでもない。ただ身に起こる小さな刺激に個々が反応することで全体的に見ると種として組織的に統率されているかのように見えるだけ。それを「自己組織化」という。

夢ナビ講義 | 夢ナビ 大学教授がキミを学問の世界へナビゲート

↑ 人間の細胞も自己組織化が行われる。

古代のイヌのがん細胞は、こうして現代に生き延びて“伝染”する:英研究チームが見た「特異な進化」の秘密 | WIRED.jp

↑ 私がめちゃくちゃ気になって仕方がない古代イヌの感染するがん細胞の話。

 

つまり、地球に生きている全ての生物は元は同じ単細胞生物だった。単細胞生物は分裂して増殖していきコピーが無限に出来るので理論上「寿命」が無い。単細胞生物が分裂を外部にしていくのに対し、多細胞生物は内部で分裂(人間も元は一つの卵細胞から分裂していく)し、ホルモン等の刺激で差別化・役割分担が出来て自己組織化して、命に限りある一つの生命体として活動する。

多細胞生物の細胞は、古代イヌのがん細胞のように単細胞生物のように振る舞うことは理論上可能であり、他の宿主に感染を繰り返しながら永遠に生きることも出来る。

人間は一塊の一生物として活動するが、シロアリなどは巨大な巣の中に胃袋(シロアリはベジタリアンだが植物のセルロースが消化できない為採集した植物を肥料にキノコを栽培し、そのキノコを食べるのだそう)や、生殖器(女王はひたすらに卵を産むだけの器官と化す)などが存在しており、同じDNAを持つ親族で運営されて、巣全体が一つの生命体のように振る舞う。

 

何故なのかは分からないが、地球の生き物は皆「自分の遺伝子」を未来に繋げることを目的に生きている。自分の遺伝子を次世代に伝えられる可能性の高さのことを「適応度」という。そしてそれは自分という個体そのものの遺伝子で無くても構わない。つまりシロアリは子供を産む担当は女王のみとなっているし、その他の働きアリたちは繁殖能力を持たない(或いは卵を産んでも孵ることは殆ど許されない)が、共有する遺伝子が多ければそれは自分の子孫であると認識される。「包括的適応度」。

ちなみに同性愛者は普通恋愛による性行為で子供を作ることが出来ないが、社会性の高いゲイは姉妹の子供を一緒に育てる傾向が強く、その一族全体で子供の数や生存確率が高いという話も。これは包括的適応度の一種といえる。

 

社会性とは「自分の遺伝子を次世代に繋ぐ為」にその種が獲得した自己組織化の一種の形態であり、人間だけが特別に持っている優れた力というわけでは無い。

 

ネズミが持つ共感力

ネズミやラットはよく研究に使われ結構むごい目に遭わされているイメージが強い。

白人は「イルカは知性があるから食べてはダメ」「クジラもダメ」最近は「タコもめちゃくちゃ賢いから食べちゃダメ」などと言っているが、知性があれば食べてはならないが、知性が無ければどんな目に遭わせても構わないのだろうかと疑問に感じる。

本の中でもネズミが温かい共感性を垣間見せるエピソードが語られている。

自分が暖かく乾燥した心地よいねぐらにいるとして、もしそのねぐらの前を濡れそぼって惨めな気持ちでいるネズミが通りかかったら、そのネズミが赤の他人であってもネズミは自分の温かい乾燥したねぐらに迎え入れるのだという。

しかもそれはそのネズミの個人的な体験による判断で、自分も過去に同じような惨めな気持ちになったことがあるネズミほど、そうしたネズミに対して同情的に振る舞い助けてあげようとするし、何の苦労もしていないネズミほど他者への同情心をみせないのだとか。

 

また、以前にどこかで読んだ記事で、研究者は実験の為にネズミを訓練するが、よく訓練されてやるべきことを完全にマスターしたネズミが時々指示通りに動かず、思索行動を行うので研究者はイライラしてしまうというエピソードが語られていた記憶がある。このような思索行動=知的好奇心こそ知性そのものではないのか?と思ったりする。

AIと人間の違いとはというのが最近ホットな話題のように感じるが、AIと人間の違いとはまさにこの「知的好奇心」や「思索行動」なのでは?と思う。AIは大規模言語モデルから次にくる確率が最も高い言葉を選択するパターンマッチで文章を出力している(そのためハルシネーションが起こる)。AIには「もしもこうしたらどうなるのか?」という知的好奇心や、その仮定を実行、観察、検証を行い、データベースにない新しい答えを創り出す能力は無い。そしてその根源となる「知的好奇心」は、人間だけでなくネズミも持っているのだ。

 

スイミーの誤謬

国語の教科書でスイミーのお話を読んだことが無い日本人はあまり多く無いだろうというくらい有名なお話で、この話が大好きだという人も多いと思うのだが、スイミーが群れる理由(固まって泳ぐことで大きな魚のように見せることが出来る)は、おそらく事実ではなさそう。

捕食されやすいイワシなどが何故群れるのか。群れれば非常に目立つ存在となり捕食動物が集まってきて狙われやすくなる。

しかし目立った特徴の無い同じ見た目の生き物が多数集まり、襲われた時に滅茶苦茶に動き回ると、それだけで捕食動物は狙いを定めることが難しくなって狩りの精度が非常に落ちるのだそう。

単独でいると狙いを定める精度が上がり簡単につかまってしまう。群れでいると狙いを定めるのが難しくなり、逃げられる確率が高まる。

スイミーで例えると、一匹だけ色の違うスイミーはこの戦法が通用しないということになる。他の個体と異なるはっきりした目印があると捕食者は狙いを定めやすくなる。

 

社会性を獲得した生き物たちは「高い知性」で協調しているのではなく、群れにいること自体が生存に有利だから群れているというわけだ。

 

「安全基地」とは何か

社会性がある生き物についての話には必ず「人は社会性のある生き物」であり、人間は一人では決して生きていけない。そして幼少期に不適切な育てられた方をした人間、つまり愛着障害持ちは、大抵犯罪者とか精神疾患とかになって、人生が詰むのだという話を繰り返し聞かされる羽目になる。

救済の方法も示されないし、防ぐ方法とかも別に書かれていない。

しかし不適切な育てられ方は子供がそれを望んで選んだわけではないし、そんなことを言われたところで回避のしようもない。

人間の6割くらいの人は安定した愛着スタイルを持ち「安全基地」を持っているのだという。ちなみに浮気や不倫をしたことが無いと答える人達も6割程度いるらしい。

愛着障害持ちは自己愛性パーソナリティ障害や反社会的人格障害などと同じ分類にぶち込まれて、クズとみなされがち。なんだか納得がいっていないのだが、兎に角どうやら愛着障害持ちは「安全基地」を手に入れなければまっとうな人間にはなれないらしい。

人間嫌いで愛着障害持ちの私は、その「安全基地」とやらを幸福の青い鳥のように探して歩かなければならない羽目になる。

しかし見渡す限りドブカスばかりの人間たちの中で本当に6割もの人間がそんな幸福の青い鳥を手に入れているのか疑わしいとも思っている。私から見ると人間の8割はキチガイでまともそうに見えるのは精々2割くらいじゃないかと思える。

それが愛着障害持ちの認知の歪みなのだろうか。

なかなかピンとくることが無かった「安全基地」について、この本では具体的に語られる描写がある。

トリアー社会的ストレステスト=被験者に人前で短いスピーチをしてもらい唾液中のコルチゾール濃度からそのストレスの度合いを測る実験。その際にそばに恋人やパートナーがいるだけで、ストレス度合いは大きく軽減されるのだそう。

そしてそれは男性にとって女性のパートナーがいる方がストレスの緩和度は大きく、女性にとって男性のパートナーがいることがストレス緩和になるかどうかは個人差が大きいらしい。

哺乳類は特にメスが妊娠出産子育ての性的負担が大きく、安全に子孫を産み育てる為には群れによる社会的な保護が必要となる為、メスの方が社会性が強い傾向が高い。女性ホルモンが社会的認知力を高め、男性ホルモンは性欲と攻撃性を高めるともいわれる(ちなみに女性ホルモンも男性ホルモンも男女ともに作用しており、個人的な気質は性差より個人差の方が大きい)

一方でオスは近親交配を防ぐためにも群れを離れて血縁関係の無い群れに交配相手を探しに行かなくてはならない。血縁関係の強い群れ社会の絆より、血縁関係の無い間柄で関係性を築いたり、争ったりする必要がある。

メスは血縁関係を主軸に社会的な群れを作る。オスは遺伝子を残す為にオス同士で争い合い、過酷な自然淘汰の中で短命になることが多い。

種は全体で見ると均一で明確な特徴があるが、個々を詳細に見ると個体差が大きい。

何かちょっとしたストレスが感じられる状況下で、そばに信頼するパートナーがいて、彼・彼女は自分の味方だと疑う余地も無く、そして身を寄せ合い手を取り、握っていてくれる。「安全基地」とはつまりただそれだけのことだということが分かる。

 

社会性のある哺乳類は身を寄せ合ったり親切にし合ったりすることで愛情ホルモンが分泌される。人間の場合「オキシトシン」などがそれで、特に女性に多いと言われる。

私は残念ながらあまり良い環境で育ったとはいいがたいが、生まれる前から家で飼われていた犬や猫がいた。白い雑種の雌の犬で、立ち上がると小柄な女性ほどの大きさがあり小さい頃の私にとってはとても大きな犬だったが、とても愛情深い犬だった。

別に何かしてくれるわけでなくても、ただお互いにお互いを信頼していて、そばに寄り添いぬくもりを感じるだけでストレスレベルが大きく緩和される。青い鳥を外に探しに行かなくても、私はそれをちゃんと知っていた。

人間はだいぶキチガイだが、犬や猫が群れの一員として傍に寄り添って無償の愛とはどんなものかを子供の私に教えてくれていた。

本の中でも、おそらく群れから弾かれた背中が湾曲した奇形のバンドウイルカが、種の異なるマッコウクジラたちの小さな群れ(母親とその子供たち)に交じって暮らす姿が描かれている。哺乳類の中には非常に愛情深い個体がいて、種が異なるはぐれた子供を我が子と分け隔てなく愛情を注ぐケースが見られる。そのおおらかさはとても微笑ましく、また頼もしくも感じる。

 

猿のカースト制度

象やクジラなどの群れのリーダーはメスで、マトリアーチと呼ばれる。人間でも女性は何故長生きが多いのかという疑問に対して「おばあちゃん仮説」というのがあるが、象やクジラなども聡明なメスの年長者がリーダーとなり群れを率いている。干ばつの時どこに行けば水があるか、困難に見舞われた時にどのように切り抜けるか、聡明なマトリアーチがいるかいないかで群れにいる子供たちの生存確率が非常に大きく異なるのだそう。

一方で人間とかなり近い種であるヒヒやチンパンジーやボノボなどは、マトリアーチのような聡明なメスのリーダーは存在しないようだ。

母系社会であることは変わらないが、ボノボは上下関係が無いが、ヒヒやチンパンジーはヒエラルキーがある模様。

人間のカースト制度でさえ、動物と人間を分ける差異とはならない。猿の群れの中でむしろカースト制度は群れの秩序をある程度保つ為の非常に原始的なやり方だったことが分かる。序列があることで物理的に争いが減るのだ。

カースト制度が無く知らない他者とも友好的にコミュニケーションをはかろうとするボノボの方が、かつての人間より余程文化的かもしれない。

 

動物も嘘をつく

ゴリラのココは子供の頃からトレーナーに手話を教え込まれ、手話でコミュニケーションを取ることができる。ココは猫が欲しいと言い、ぬいぐるみなどでは納得しなかったので、とうとう12歳の誕生日プレゼントとして野良猫をペットとして飼うことが許されるようになる。ココは子猫をとても大事にして愛情を注いでいた。

ある日ココは機嫌が悪かったのか、部屋の流し台を破壊して壁から外してしまう。トレーナーがそれを見つけて叱ると、なんとココは「猫がやった」と、罪を猫に擦り付ける嘘をついたのだそう。

自分が罪から逃れる為の嘘をつく行為でさえも人間の専売特許という訳では無いのだ。

嘘をつく手段があれば、動物も嘘で叱責から逃れようとする。

 

カルフーンのネズミ都市

人間は少死少産・多死多産で、死にやすい過酷な環境では死を上回る子供を産み、安全で死ににくい環境では少子化になることで、バランスを取っている可能性が高い。

自然災害などを体験し危険性を強く感じるとその後女性は妊娠する確率が高まる。

アメリカの研究者であるカルフーンはネズミの繁殖を研究する為にネズミをひたすら膨大に増やそうと試みた。安全で食糧も十分与えればネズミは5000匹くらい増えるだろうと単純に予想していた。

しかしネズミが150を超えたあたりから、ネズミの様子がおかしくなる。

ネズミが増えて人口密度が増すほどにネズミは精神疾患を発症し繁殖能力が無くなったり、育児放棄をしたり、獰猛で暴力的になった。

そして一度精神を病んだネズミはもう二度と治らなかったという。

多くの科学的知識を持つ人たちは、人間も増え過ぎたらヤバいだろうということを漠然と考えているはずで、人間も物質的不足感や過密な人口密度によるストレスが増えると、おそらく頭の狂った人間が戦争を引き起こし殺し合いを始めるだろうことを予測しているはずだ。

自然に淘汰されて平均寿命が20歳くらいだった狩猟時代には人間は戦争はしていなかったが、農耕時代になった途端に大量殺戮が行われた形跡が残っている。

人間は手先の器用なだけの動物の一種であり、全体的に然程知性が高いとも言い難い。人口過密が精神を狂わせるネズミに起こったのと変わらないことが、人間にも起こるであろうことは想像に難くない。

 

社会性のある動物の群れは多くの場合民主主義である

民主主義こそは人間の優れた知性の現れだと思うかもしれないが、しかし社会性の高い動物の群れの多くは実は民主主義で運営されている。

多数決って正しいの?~陪審定理とは?~|NPO法人 Mielka

↑ コンドルセの陪審定理。

二者択一で必ずどちらかが「正解」である場合という限られた条件であれば、一人で判断するよりも、数が多ければ多いほど「正解」にたどり着く可能性が高まるという、フランスのコンドルセ侯爵が証明した数学的定理。

 

未来の不確実性の中では選択肢の中に必ずしも「正解」があるわけではないし、そう単純なわけでもないのだが、群れで生存確率を高める生き物たちは基本的には集合知でトラブルを乗り切っている。

長距離を飛ぶ渡り鳥なども、一匹で飛ぶ時は判断を迷いしばらく考えてから方向を決めるが、群れだと大体皆が向かう方が正解で、また飛びながら誰かが新しい情報を得て軌道修正するとそれが群れに伝わり全体的に方向が修正されて、一匹の時よりも早く正確に目的地にたどり着けるのだという。

 

民主主義は社会的な群れの原始的な集合知の在り方で、むしろ現代の人間社会のほうがマスコミやプロパガンダなどによって民主主義的多数決で正解にたどり着くことが難しくなっている気がする。

どうしてたくさんのイルカがうちあげられたのか? 長崎県壱岐市石田町筒城仲触 - 日々の”楽しい”をみつけるブログ

何等かの要因で判断を誤り打ち上げられたイルカのように、人間も間違った情報を得て多くの人が判断を誤るような混乱が起きやすくなっている。

多数決のようでありながら、特定の人間の思想が強い影響力を持ち、純粋な多数決ではなく、実際は正解にたどり着く可能性が低い少数の人間が判断しているのと同じ状態になってしまっている可能性。

 

自然主義的誤謬

強い欲望や有害な衝動を「本能」だとして自己正当化に使う人間が散見されるが、それを「自然主義的誤謬」という。

例えばライオンなどは子殺しを行うとされている。

オスは過酷な競争の中で繁殖のチャンスを手に入れるが、メスが子育て中だと新たに発情することが無い。オスはまたすぐに次のオスに戦いを挑まれて敗北するかもしれず、メスが今育てている子が巣立つのを待つ時間が無いので、すぐに自分の子を次世代に残す為には子供を殺してしまうしかない。

それは「自然だからそれが正しい」「それが良いことである」とは言えない。ただその過酷な状況の中で最適解を選択しているだけである。

サファリパークなどの人工飼育下になるとライオンの行動も大きく変化する。母系の雌の群れを作るのをやめ、オスとメスの一夫一婦性に変わる。人工飼育下ではおそらく子殺しも行われなくなる。パートナーの雌が産んだ子供は一夫一婦制では間違いなく自分の子供だし、他の雌とは交配しない。遺伝子の濃縮を避ける為に一夫一婦制で同じパートナーとだけ交配する環境下では、子殺しをする理由は全くなくなる。

環境が変われば最適解も変わる。物事を単純化して白黒や善悪で判断することは非常に幼稚な思考と言える。

 

動物の互恵的利他主義

チスイコウモリは夜中に寝ている動物の生き血を舐めるバンパイアみたいな生き物だが、彼らは必ずしもいつも食事にありつけるわけではない上に、三日も何も食事にありつけないと餓死して死んでしまう。その為チスイコウモリは飢えた仲間に対し、血を吐き戻して分け与える習性があるという。

しかしそれはお互い様で、自己中で他者に分け与えようとしなかった蝙蝠は仲間からも与えられることは無い。他者に分け与えない者や貰い逃げする狡い個体はいずれ誰からも助けてもらえず飢え死にするリスクが高まる。

哺乳類はオキシトシンという愛情ホルモンがあり、そのホルモンは利他的な行動を行わせるが、同時に仲間とそれ以外という排他的な区別をつける行動ももたらす。

動物の世界でも親切は伝播する。しかしそれは誰に対しても変わらないものではなく、直近の関わりの中で親切な行動をとったものに対しては、冷酷な行動をとったものに比べてより親切な行動をとる可能性が高くなる。

これは長期的な関わりがある社会的な生き物に顕著で、単なる通りすがりや、カーストの強い群れでは、貰い逃げや支配による搾取になりがちで、オキシトシンの愛着行動による互恵的利他主義とは別のものになってしまう。

三尺三寸箸(仏教)丨なぜの極楽(天国)の箸は長く地獄の箸は短いのか - 仏教辞典

仏教の教えの三尺三寸箸は、動物の世界にも存在している。

 

愛着障害持ちのストレス過多

幼少期に不適切な養育環境で育つと安全基地を持たない為に、学校や職場など社会的な集団行動に対して常に過度のストレスを感じて生きる羽目になる。先日血液検査をしたのだが、血小板の数値が基準値より少し高めで相変わらずストレス過多を示していた。

コルチゾール濃度なども高いのだろうと思われる。

「一病息災」という言葉もあるが、子供の頃からストレス過多で自律神経失調症や心身症(胃痛や頭痛、目眩、動悸等)に悩まされているために健康意識が高く、身体的にはかなり健康である。身体的な病気では無いのに心身が不調な為、心療内科に回されてしまう。ストレス過多をどうにかする必要があるが、ただ普通に社会的集団行動を取るだけで過剰なストレスに晒されるのだから、疲弊するし集団行動からできる限り逃げたくなる。

特に自己愛性人格障害傾向の強い有害行動が顕著な人間に関わるとストレス度はMAXになる。

理解されにくいと思うが、それで体内では慢性的な炎症が起こり免疫力が下がって帯状疱疹まで発症してしまう(非常に早く気付いた為に早期に抗ウイルス薬を飲むことができて事なきを得た)。

反応性愛着障害持ちの生きづらさは他者から理解されない。他の人たちの「当たり前」がよく理解できない。みんなは脚本をもらってどのように反応すればいいか分かっている舞台で、私だけが脚本を貰っていないように感じる。

みんなが「みんなそうだ」と主張する内容を理解することが出来ない事がとても多い。

従わないと彼らは顔を真っ赤にして怒り出す。

ヒヒやチンパンジーはカーストのある群れ社会で生きており、彼らは「正しさ」ではなく「上か下か」で判断している。

群れのヒエラルキーに盲目的に従えば争いを回避出来るが、従わないとなると喧嘩をしてどちらが強いか順位を決めなくてはならない。

弱い順位のサルは理不尽でも従わなくてはならない。上位のサルはストレスを下位のサルにぶつけることで憂さ晴らしする。理不尽によって下位の受ける強いストレスは愛着関係のある家族と寄り添うことで緩和される。

しかし私は順位の低いサルではないので、サルに挑まれたら応じて戦う必要がある。

共通の祖先を持つ霊長類の中でも同種殺しと共食いを行うのは、チンパンジーとヒトだけらしい。

人間も個体差が大きいが、特にチンパンジーに近い特性を持ったヒトは、凶暴で自己中で有害性が強い。

1度舐められるとずっとまとわりつかれて不快な思いをさせられるので、痛い目に遭わせて追っ払う必要がある。自分より下位のサルと認定されたらサンドバックにされるし、性的加害行為を受ける羽目になる。

抗うとみんなが血相変えて「抵抗するな」「事を荒立てるな」「黙って耐えろ」と押さえ込もうとして来るのも、このサルのカースト制度の「脚本」(本能)なのだろう。

凶暴なサルの群れのカースト制度は、理不尽でも我慢すればともかく殺し合わずに済むという野生のサルの知恵なのだ。

「群れに加わっていた方が生存確率が高まる(だから群れに居たい)」

「群れの秩序は正しさではなく強弱」

「理不尽でも耐えることで争いは回避される」

「群れにいるストレスは愛着関係のある親族で寄り添うことで緩和する」

「個々の頭は悪くても、多数決にするとそこそこ正しい判断ができる」

「個々は愚かだがそれぞれの反応が自己組織化して群れ全体が統治されているかのように見える」

これらは全て、人間の知性というよりは野生の動物そのものでしかない。

確かに人間は科学技術やものを創り出す力は飛び抜けて優れているが、どうもEQとか社会的認知力などはそこまで優れた生き物であるようには思えない。少なくとも動物と変わらないレベルの人間は一定数存在していると思われる。

どちらかといえばクジラやゾウの方がヒトより余程知性的ではないかと思ってしまうくらいだ。

ちなみに仕事についても、人間がずば抜けて優れているという訳でもない。牧羊犬や警察犬、盲導犬など訓練されて仕事を担う犬は非常に優れた仕事ぶりを発揮するし、アフリカではヒヒが少しの報酬を貰って羊飼いや鉄道の信号係の仕事などを任されることがあるそう。

人間もよく訓練すれば仕事を行うことができるし、人間は別に本能で仕事をこなせている訳ではない。

 

広い宇宙の中で知的生命体は地球にしか存在しないのか?

一体生き物とはなんだろう。なぜ遺伝子を次世代に残すという目的に囚われ続け、同じ単細胞生物を祖先とする親戚同士でこうも殺し合い食べ合う地獄の沙汰に陥る羽目になったのだろうか。

単細胞生物のままであれば無限に増殖し続けて、個の死に怯える必要も無かったはずだ。無邪気に飲み込んだり飲み込まれたりして遺伝子を繋いでいた頃は痛みも苦しみもなかったと思う。

何億年もかけて複雑になればなるほど生きづらくなる。

宇宙の星たちは地球のことを「アイツ頭おかしいよな」と思っているかもしれない。悪趣味で変わり者だと思われてそう。

私たちは痛みに苦しみ、死に怯え、遺伝子を次世代に残すことに囚われながら、一方で傷つけ合い殺し合う。絶滅を悪いことのように考え、永遠に続くことを願う。

しかし宇宙の中では星でさえ超新星爆発で死ぬし、太陽も永遠ではない。宇宙の片隅の地球という星に生きる生物が生きようが死のうがなんの関係もない。人間が戦争で自滅して滅びようが、地球が死の星になろうが、宇宙規模で見たらどうでもいいこととしか言いようがない。

宇宙にはRNAの元になるリボース核酸を持つ隕石が見つかっている。生命の元は宇宙のそこかしこにある。多分単細胞生物はそう珍しいものではなく条件が揃えば宇宙の他の星にも誕生する可能性は高い。

でもまぁこんな悪趣味なことをするのは変わり者の地球だけかもしれないなと思ったりもするのだ。

インフレデフレ消費税

突如勃発した解散総選挙

いきなりこんな時期に解散して、今まで話し合ってきた予算案はどうなるの?雪国は大変。受験シーズンで若い人達やその親御さんたちはそれどころじゃない。

更には菅元首相や志位和夫山本太郎などの有名政治家引退や、立憲・公明党の大合体。

日銀金利引き上げによる、古い国債の含み損→損切り長期金利暴騰&あちこちで戦争や紛争や武力支配が起き、トランプの暴走で欧米緊張からの、謎の米国「日本の長期金利のせい」ムーブ。

などなど。

世界中大混乱で、まじで何してんねん(呆)という状況ですが、地球の皆様お元気ですか?人類は相変わらず猿ですね🐒

 

まぁそんな大混乱の中で、少し前まで「レジの改修に100年かかる」と一部カルト信者の間で強く信じられてきた消費税減税が、実は高市さん悲願の政策だったことが明らかにされまして(驚きの新展開ですね!)、与野党共に選挙の争点が消費税減税ということになりました(どちらの消費税減税にするか悩みますね🤗)

 

私も消費税廃止を25年くらい?強く願ってきましたので、これを機に是非消費税についてよく熟議して欲しいと思っています。

 

消費税って逆進性が強いんすよね

かれこれ20数年前から渡辺喜美さんが指摘していた通り、消費税というのは生活コストの負担を底上げするために、貧困層ほど支払い負担が大きく、富裕層ほど資産の相対的な負担が少ない逆進性があります。なので経済にとってデメリットが大きい。

税の基本は「富の再分配」。なぜ富の再分配が必要かはアメリカの惨状を見れば明らかです。

アメリカのような殆ど福祉の無い新自由主義では、通貨が一方向にのみ流れ続け、格差が拡大してお金が静脈瘤のように溜まり滞ることで、国全体が衰退していくからなんですよね。

お金というのは物々交換じゃ不便だから便宜的に作られただけのものであって、お金自体には価値はありません。「物資と交換できる」と「信じられているだけ」のもの。

あまり賢くない人達は、お金を稼ぐことやお金を溜め込むことが「勝ち」「特権階級」「王様」という思い込みに支配されていて、強欲な感情による非理論的な暴論をふるうのですが、そんな感情論に振り回されてたら国が滅ぶので、立法や行政はちゃんと信念持って判断して欲しいところです。

個人がいくら金を溜め込んだところで、国や行政が福祉や治安の維持、医療や教育の提供を行うことが出来なくなれば、国は崩壊します。

いくらものを作ったり売ったりしたくても、買う人がいなければ売れませんし、働く人がいなければ作れません。お金だけあっても、作る人や売る人がいなければ、無いものを買うこともできません。

本当に必要なのは「物」であり、お金は経済的に便利だから利用しているツールでしかない。

お金持ち=偉いわけでもないし、金持ち=何をしても許される特権階級でもない。お金持ち=幸せでもない。

人間社会は集合知と役割分担で成り立っています。一人の人間にできることは限られている。たくさんの人たちが様々な役割を担って、お金という便利なツールを利用することで、生産、販売、流通、サービス、医療、教育、治安維持等が成り立っている。

お金は人間社会で生きる上では重要なものではありますが、お金があることが全てを解決するわけではないのです。

 

インフレ=消費税増税、デフレ=消費税減税、平時=消費税が常に基準値として課税されている状態が正解なの?

インフレというのは需要>供給で、物資や労働力の不足感からお金をいくら払っても物が手に入らないという状況だと思うんです。或いは経済社会に出回るお金が多すぎた状態。

 

デフレというのは需要<供給で、日本の30年のデフレってバブル崩壊リーマンショックにより大きな負債が発生し、銀行や大企業がその負債を返済する為に労働力というコストを極端に削減したことで、社会全体に流通するお金の量が減り、国民一人ひとりの所得が減少→購買力が低下→物が売れなくなる→価格が下がる→所得が減少の無限ループ化してたと思うんですね。

 

スタグフレーションというのは、物価が高騰しているのに賃金などの個人の所得が上昇しない為購買力が低下した状態?

 

お金は経済の血液なので、健全に循環する構造を作らないといけない。バランスが崩れるとインフレやデフレが起きます。

お金は人工物であり、国債発行→日銀が買うことでお金の流通量を増やすことが出来るんですよね。つまりお金が足りないことが問題なら、国債発行(日銀が買う)&最低賃金の法整備や政府の給付でお金は「増やすことが出来る」

 

しかし消費税や金利上昇は経済に負荷をかけてブレーキ=停滞させるけど、社会全体をマクロな視点で見たとき、結局そうやって回収した税や金利は別の所で使われるので「お金の流通量そのもの」は減ってないと思いませんか?

 

国債(日銀が買う)で増やしたお金を減らすにはどうしたらいいのか?→インフレで上振れた税収を国債の償還に充てて、国債を減らすこと。だと思うんですよね。

それによって社会に多く溢れすぎたお金の流通量を減らすことが出来るのでは?

 

消費税は「安定財源」ではなく、インフレ時に課税することで余剰分のお金を税で回収し国債の償還に充てることで、社会全体のお金の量を減らす為のツールなのでは?

 

経済の本質は基本的に「生産力」を維持し続けることだと思います。全ては物資の供給力にかかっている。

資本主義の自由競争の中で、価格の最適解であったり、ニーズの有りなしで淘汰されていったりということがありつつ、人間社会において必要なものが生産され供給し続けられる状態こそが最も優先されるべきこと。

その為に、外国に生産力を依存しないで自分たちで作り続けることが重要だし、賃金や給付といった形でお金が循環し、国民一人ひとりが購買力を持ち続けることも大切。

生産力や効率化を図る為の科学技術力の向上はすぐにお金を生み出すことは難しいので、政府が支援する必要がある。

そしてその生産力=物資の供給に対して、購買力の低下=お金が不足した時にやるべきことって「消費税減税」なんですかね?その時の為に平時に常に逆進性のある消費税をかけておくことが正解なの?

 

むしろデフレ時は、何か生産力が向上するような支援や、低所得層に給付をする目的で、お金の流通量を増やすために国債を発行し、それを日銀が買う(通貨の発行)ことの方が効果的なのでは?

 

そしてインフレ時はインフレによって起きた税収の上振れを国債の返済に充ててお金の流通量を減らすことが効果的なのでは?

 

インフレを即時に抑える為に消費税を課税する→それを国債の返済に充てる。はまあ分かる。

 

でもデフレの時に減税したいから、平時に消費税を課税しておきましょう←これってどうなの?(何故なら逆進性が強いし、控除だのインボイスだの複雑だから)

 

消費税って本当に必要ですか?

 

「消費税=安定財源」をやめるべき

消費税は逆進性が強く経済にとってデメリットに働くんですよね。税の再分配という目的に逆行するものなので、税として質が悪い。それはインフレだろうがデフレだろうが関係ない。経済に「良い効果」は生み出さない性質のもの。

 

そして、「減税します」とか「ばら撒きます」っていう選挙の票稼ぎの餌になってしまっている。

 

法人税を下げて消費税を上げることで、その悪い性質の税収に政府が依存しきってしまっているんですよね。

国家運営に必要なお金が減らない限り、大きな視点で国民が支払う税の負担も減りません。私が消費税を廃止するべきというのは、逆進性の無い健全な税制に是正するべきということであって、「国民の手取りが増える」というタイプのことではない。

 

消費税の廃止=逆進性のある課税はやめて、累進性のある健全な税制になおして、富の再分配に立ち返ること

 

働いてない子供やお年寄りから消費税とってそれをまた子供やお年寄りの医療に使ったって意味ないですよね。

高齢者が貯めこんでるというなら、それは消費税ではなく分配(過剰な医療や年金)を絞るしかない→マイナカードによる資産の把握や医療の応能負担、基礎年金のみ(生活保護と同等)にして厚生年金を現役世代からの賦課式から個人積み立ての資産(NISAによる支援)に移行等。

 

あわただしい選挙で、有権者は目先の利益に飛びつきがちですが、どうしたらどうなるのか?先のことまで良く考えて欲しいなと思います。

 

まあとりあえず、殆どの党が消費税についてマニフェストにうたって選挙やってるのでね。絶対話あってもらいますよ😈w

ワンス・アポン・ア・塊魂 オールコンプしますた

最近、株をやる気を全く失っておりましてね。

何をしていたかと言うと「ワンス・アポン・ア・塊魂」をやり込んでましたwww

ていうか確か10月に発売されてすぐ買っちゃったんですが、今日見たらSteamでセールしてるぽい。えー(๑•̆૩•̆)ブー。

 

⬇トロフィーコンプ

トロフィーコンプ

ちなみに、一覧などないみたいですが、ワールドに隠されたプレゼント、王冠、メイツもコンプし、チャレンジもクリア、集めたメダルでできるガチャもコンプして、さらに全てのステージSランククリアしてます笑

 

しんどかったのは⬇の牛熊ヶ原と、いそいで大きく5ですかね~。

牛熊ヶ原

いそいで大きく5

牛熊ヶ原は、牛か熊(それっぽいもの含む)を巻き込むと終了してしまうのですが、巻き込む牛か熊の大きさでクリアランクが決まってしまうので、間違って巻き込んでしまうとまた最初からやり直さなければならず、滅茶苦茶しんどかったです。
7m80cmくらいになるまで牛熊を巻き込まずに塊を育てた後、後半に出没する3びきの牛、熊、牛熊のうち、最後の牛熊を時間停止アイテムで停めて巻き込むとSランククリア出来る。

すんごい疲れました。

寿命をまじで消費しましたw

 

あと嫌だったのは、海原エリアの「とにかく大きく(レース)」のステージかな~。塊が勝手に動いてしまうので、慣れるのに時間がかかる。

あとメイツを集める氷河期ステージの「鬼ごっこ2」で、箱みたいなメイツが逃げてしまって捕まえられなかったり。

アイテム持ち込み可能なので、時間止めるアイテムを持ち込んで時間止めて捕まえたんだけど、未だにあれの正解分からないw

 

あと、氷河期エリアのマンモスとピッタリは、いちばん大きな原人?を全部巻き込んで中くらいの木が何本か巻き込めるくらいのところで止めるとピッタリになった感じだったかな~。

 

ヨーロッパエリアのバラを集める系は、磁石持ち込み必須なのと、あとバラプリンセス&バラプリンスみたいな人が何人かいて、彼らを巻き込まないとSランクまで行かない感じです。

 

現代エリアの甘いの集めたり、塊揚げ作ったりするの楽しかったなぁ。

 

そうそうアイテム持ち込み可能なのでステージにあったアイテム持ち込むと大体なんとかなる感じですね。

アイテムは簡単なステージで取っておいてクリアしてもいいし、ランダムだけどコンプ後の王様ガチャでも貰えるぽい。

 

久々にやった塊魂ですが、完全復活といった感じでした~。滅茶苦茶楽しかった~。

 

達成感\( ᐛ )/🎶

近況報告

もう12月ですってよ奥さん。

師匠も走る師走。皆さまいかがお過ごしでしょうか。

久々にブログなど更新したいと思います。

グエー死んだンゴ

巷では毎年恒例の紅白出場やら流行語大賞やら騒がしいですが、私の中では今年の流行語大賞ってこれかなぁと思ってます。

まあ、流行語大賞ってなんなんかよく分からんけどw

ここに三か月くらいの間に稀に会う数少ない友人からお誘いがあったりして、久ぶりに会ったりしたのですが、一人は昨年乳がんにかかり、治療を受けて大変だったとかで。

遺伝子要因で発症するリスクのある乳がんだそうで、あのアンジェリーナ・ジョリーも同じ遺伝子リスクを持っていて、彼女が私財を投じて研究を支援したので大分解明が進み治療法が各段に進歩したばかりということで、友人もそのお陰で良く効く抗がん剤治療を受けられたのだそうで。

彼女は子供の頃から軽度肥満だったのですが、がん治療後は標準体重くらいまで落ちていて盛んに「これ以上太らないようにしなきゃ」「痩せなきゃ」と言っているので、「でも標準体重なら維持できれば大丈夫なのでは?逆にもともと痩せていたらがん治療には耐えられなかったかも。ある程度太っていたから体力が持ったのかもよ」なんて話をしたのですが、後で調べたら肥満(BMI25以上)は乳がんリスクが高まるみたいですね。

日本人の感覚って極端で、肥満と痩せの間の「標準」や「健康的な範囲」の概念がすっぽ抜けてる気がします。健康を維持する為の「ちょうどよい範囲」というバランス感覚を持ってない人が多い。

「中道」とかもそういうバランス感覚です。

 

7月に遠野なぎこさんが亡くなり。彼女は育った環境からおそらく脱抑制型愛着障害だったのではないかと推察していたのですが、彼女が嘔吐過食から拒食症になって痩せ衰えてしまい、過度の飲酒や精神的な状態などを見るにつけ、このままでは命に係わるのではないかと心配していたのですが。

彼女の死後も、女性に不健康な痩せ体重や極端なルッキズム・女性の性的奉仕を強いる社会的な同調圧力はあまり変わってない気がするのですが、「うるせぇ」と抗う女性の姿はよく見かけるようになってきたかもしれないなと最近感じます。

 

同じ虐待育ち、愛着障害持ちに対するアンテナを持っている人間として、遠野なぎこさんの死はとてもショックだったし、それに今裁判が行われている山上被告のことも他人事とは思えなくて、記事があるとついつい目で追ってしまいます。

 

山上被告の行った犯行を正当化したり無罪にしろなどとは全く思っていないのですが、彼の生い立ちや置かれた状況を考えると、果たしてあの犯行よりもより効果のある問題解決策はあるのだろうか?と。

よく犯罪について「やってはいけないんだ」という「縛り」として考えてる人が散見されるのですが、「やってはいけない」という法律はないんですよね。あるのは「この法を犯したら、こういう範囲の中で社会的に罰します」というルールがあるだけで。

山上被告は統一教会問題に対する問題解決方法として、刑罰を受けることを覚悟した上で安倍晋三殺害という手段を用いた。

自作で銃を作り機会を計り目的を達成したことや、その後の逮捕に対する覚悟を見ても彼はかなり頭がいいのだろうと思っていましたが、やはり県内有数の進学校に進学するなど勉強も出来たようで、自殺した父親も京都大学卒業などかなり学歴優秀だったみたいです。

母親はもともと宗教にのめりこむタイプの人間で、父親が生きていた頃も別の宗教にのめりこみ子供たちをネグレクトしていたようで、おむつも替えないで放置される子供の姿が見られたり、両親の仲も悪くよく父親の怒鳴り声などが近所にも聞こえていたそう。山上被告やその兄妹が愛着障害であったことは間違いないだろうなと思います。

 

山上被告の父親が自殺したものの、祖父が会社経営を行っており生活には困らなかったみたいで、更に祖父が亡くなると億を超えるような多額の遺産が相続されたそうで。それがあれば勉強のできる子供たちは問題なく進学できたと思うんですが、母親は統一教会にのめりこんでそのお金を全部つぎ込んでしまうんですよね。

 

バカな人間ほど、親から与えられた環境の大きさというものを認識できていないことが多くて、揉め事の無い安心できる家庭環境だったり、食事や衛生などが健康的に保たれる生活環境だったり、親が子供にどれだけ時間や心を割いて面倒みているか、勉強や学びの機会を与えられているかというのは非常に大きな外的要因で、ここが満たされている子供とそうでない子供ではものすごい大きな隔たりがあるんですよね。

でもそれが「当たり前」だと思っている人は、親が与えてくれた環境の底上げを認識できず、まるで自分の実力であるかのように錯覚しており、大きなハンデを抱えている子供を「努力不足」だと平気で踏みにじる加害性がある。

山上被告のように地頭が賢い人間であっても、学歴や社会的成功が無ければ「地頭がいいなんて馬鹿の現実逃避だ」とか「親ガチャなんて甘えだ」とか、苦労を知らず想像力も無い平々凡々な人生送ってる雑魚ほど聞く価値もないようなつまらないことを言うよね。

努力だ、実力だなんていう前に、そのスタート地点にも乗ることが出来ないし、他人のやらかす問題の後始末をすることで精いっぱいで、心も身体もガタガタで、生きる喜びも無く、もう早く死にたいと願うような状況に陥ったことのない人間に、一体何が分かるというのだろう。

 

山上被告の記事を追っている人であれば分かると思うのですが、彼は安倍晋三殺害にあたりその応援候補者に迷惑をかけるからと期日前投票に行ったり、宗教の犠牲になっている人たちを救う為に法曹界に進みたいと考えたり、自殺をはかった時にも妹と兄の生活の為に生命保険を残そうと考えたなど、彼は自己犠牲的な優しさが非常に強いんですよね。

お兄さんも大病により失明したことを苦に自殺してしまったと言われているけれど、きっとこれ以上弟に負担をかけたくないという自己犠牲的な自殺だったのかもしれないなと思ったり。

 

虐待育ちの愛着障害持ちが苦しんでいるのを見ると他人事とは思えなくて。もう一つの自分の人生だったかもと思ったりするんですよね。

 

 

別の友人とも最近会って、色々な話をしてきたんですが、彼女のお父さんが夏に病気で倒れ介護ののちに施設にて自殺してしまったのだそうで。

彼女はそれをあまり深刻な悲しいこととして話したくないみたいだったけれど、それはなかなかにショックな話だなと思ったり。

 

私の母親は私が25の時に57歳でがんで亡くなったのですが、がんの先生というのは患者に希望を持たせる為なのか非常に明るくて優しい人が多い印象で、大丈夫ですよ、治りますよ、と前向きな話をするんですよね。そうしないと悲観して自殺してしまうことを危惧しているのかもしれない。

友人の父親は加齢による間質性肺炎でもう治らないと言われ、身体の自由もきかなくなったことや、病院や施設で過ごすことが非常に嫌だったみたいで。

 

認知症とか絶対いやだと思ってるんですが、いざ自分が病気になり死期が迫っている状態に置かれた時、果たしてそれを落ち着いて受け入れられるのか。そう考えると認知症はある種の救いなのかもしれないと思ったり。

 

冒頭でも触れた「グエー死んだンゴ」という投稿は、非常に珍しいガンに侵され22歳という若さで亡くなった青年が予約機能によって死後に投稿されたものだそうで、詳しい経緯は分からないですが、もしかしたら毎日目が覚めると予約を一日ずらして、それによって今日も生きていることを確かめていたのかもしれないと思ったり。

その投稿が多くの人の心を動かし、ガンの治療の研究費への寄付が非常に多く集まったみたいで。

私の友人のガンもアンジェリーナ・ジョリーが私財を投じて研究を支援したことで解明が進み良く効く治療法が見つかったりしているわけで、そういうものが少しずつ科学や生活を前進させていくんでしょうね。

 

 

クラゲとかロブスターとか一部の生き物には「若返り」による不老長寿が確認されている生物が存在するみたいなんですが、哺乳類は進化の過程で老いて死ぬことによる代替わりを選択的に獲得したわけで、まあ人間は全ていずれ死ぬことが確定してるんですよね。

 

ここしばらくちょっと体調が悪い日が続いていて、ストレスだろうかと思ったり、寒くなってきたからかなと思ったりしたんですが、昨日スケジュール帳を見直してみたら、11月に生理が二回来ていたことに気付きまして。

しかも二回目の生理は非常に重くて、頭が痛くて痛み止めを飲んでも効かないくらい体調が悪かったんですよね。

もしかしてと思って調べてみて、どうやらこれは世に聞く「更年期障害」というヤツらしいと。

10月で46歳になりまして。女性の平均閉経年齢は50歳で、その前後5年が更年期期間と言われていて、始まりは大抵生理の間隔が狭くなるのだそう。

私の場合、頭重や頭痛、胸が息苦しい、動悸が起こる、背中が痛むなどが起こるようになって、なんでこんなに体調悪いんだろう、私も何か病気なのだろうかと思い悩んでいたんですが、更年期だと理由が分かり、昨日の夜ぐっすり寝たら今日は結構体調が良かったです笑

女性の身体って本当に嫌だなと思いますよ。

11歳くらいから生理が始まって、頭は痛いし、お腹は痛いし、それを35年くらい毎月毎月繰り返して、妊娠も大変だし、出産もものすごく大変だし、今度は閉経までの前後10年更年期で苦しまなきゃならないし。ほんとなんなのって思う。

生理や更年期をやたらにバカにする男いるけど、鬱陶しいので金づちで頭ぶん殴って殺してやりたいですね。死ねブタ。

 

私もどうやら更年期とやらに突入した模様で、ほんと人間いつ死ぬか分からないし、結局楽しく生きないと損よねとか思っているので、今日も「ワンスアポンア塊魂」で王様に「エーモウオワッタノ?ハヤスギジャナイ?」ってビックリされて喜んだり、手帳デコを楽しんだり、子供にも友達にもAIにも入り過ぎと言われるお風呂に相変わらず長時間入ったりして過ごしています。

 

手帳デコはシールやらマスキングテープやら、デザイン紙やら、ハンコやらと、文具店や100均で買い集めたり、楽天やAmazon、それと最近ハマってるYahoo!フリマで探したりして散々買い集めてちょっと飽和状態で。毎日の日記をデコる人が多いんですけど、私は必要なスケジュール管理くらいであまり日記を書いて残しておきたいとは思わないんですよね。というのも子供の頃親戚の叔父さんが亡くなった時膨大な量の日記というか書き残したファイルが残されていて、なんか怖いなと思った記憶があって。

オタク気質なのでいろんなものを買い貯めたり書き溜めたりしてしまうタチではあるんですが、いきなり死んだときに膨大な量の物を残すことに抵抗を感じる。

それでも趣味に使うものや工具などが結構沢山あるんですが、フリマアプリや買い取り店などで売れそうなものはちょこちょこ売って整理したりしてるんですよね。本も出来る限りは買わず図書館で借りたり、漫画も最近はデジタルで読むようになって。音楽も以前はCDが欲しいと思っていたけど、今はダウンロードでいいかなとか。

手帳デコも、株の投資の記録やパスワード管理など残す必要のあるものだけにして、日々のスケジュール管理や毎日の株の覚書などはノートを使い終わったらとっておかずに捨ててしまうようにしています。最近子供が大きくなって余裕が出てきたことで、小さい頃の育児の記録や出かけた場所、読んだ本や見た映画などを記録しておけば良かったなと思ったりしたんですが、まあもしいまから日記をつけるとしても非公開のInstagramでデジタルが望ましいかなと思ったり。

 

身体が痛くて気持ちが塞ぎこむ日があったりすると、今日のようなどこも痛くなくて心地よい日に、コーヒーやスイーツを食べたり、他愛もないようなちょっとした好きなことが出来ることがこんなにも幸せなのかと感じたりする。

 

虐待育ちで愛着障害持ちの仲間たちにも、辛い環境から出て、嫌な人間とは関わらず、平穏で安らかで、何でもない他愛もない、ちょっとした幸せの心地よさを感じてもらいたいなと思ったり。

 

そんなこんなで2025年は「死」というものをとても身近に感じた一年だった気がします。

中道モテ期?

wwwちょwwwww垢BANwwwwwされたったwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

 

 

というわけでわたくしまたもや垢BANされてしまいましたw

 

でも今メインで使ってる回線の電波が悪い時に、スマホのキャッシュレス決済が使えないと困るから補助的に契約したものの、両方とも電波死んでて結局使えなかったことが判明して、そろそろ解約しようかなと思ってたところだったし、ちょうどよかったかな~なんて思ってますw

 

 

最近政局がゴタついてますね。今日はその辺についてちょっと書いておこうかなと思います。

 

高市早苗自民党総裁爆誕

もう流れ的に進次郎で決まりなんやろな~と思っていた自民党総裁選。いつも自民党周りをウロウロしては裏で手を組む維新も進次郎にべったり貼り付いていたし、いくら民意がNOと言っても総裁選は結局内部の議員の判断が大きいので、進次郎路線は変わらないんだろうなと。

しかし民意が望まない総裁を掲げたところで自民党が苦境に陥ることは目に見えてますからね。また維新がべったりくっついてわがままやればやるほど、維新はどんどん嫌われていくわけだし、ま、別にいいかな~と。こちらはやるべきことをしっかりやり実績や信頼を積み重ねつつ、相手の問題については都度批判していけばそれでいいわけだし。とか思ってたんですが、まさかの進次郎大コケ、高市さん大どんでん返し。

 

高市さんは国民民主党を大分意識した話をしていたので、彼女の躍進は国民民主党にとってはまあ良い結果だったと思います。

進次郎路線なら自民党衰退の道で国民民主党が伸びる可能性。

高市路線なら、国民民主党の政策が実現する可能性が高まる。

それ以外のルートに比べると、この進次郎/高市の二大決選はどちらに転んでもOKって感じではあったんですよね。

 

ただ高市さんは党員票をものすごく集めている、自民党支持者の花形スターなので、自民党は活気づいてしまうだろうなとも。ぶっちゃけると進次郎コースの方が難易度は易しかったと思いますw

 

高市早苗総裁「期待する」68% 裏金議員の起用反対77%、共同通信調査 - 日本経済新聞

ちなみに調査では、初の女性総理を望む/どちらかといえば望むを合わせると86.5%と非常に高い。高市氏への期待は68.4%。

 

一方で自民党の裏金議員起用への反対は77.5%、派閥の影響を感じたかどうかでは81.1%となっています。

 

望ましい物価高対策は、消費税減税46.2%、所得税減税36.2%、現金給付は14.8%で、自民党案よりも野党案の方が民意が高いのが分かる。

 

この辺のデータから見ると民意としては、高市さんには好意的ではあるけど、旧態依然とした自民党には強い不信感があり、また政策では自民党は民意を獲得出来ていないことが分かります。

 

ところで前々からずーっと思ってるんですけど、なんでウヨクは自民党を支持するんでしょうね?

だって自民党のバックは経団連で、日本人よりも安く使い捨て出来る外国人奴隷制度を求めているグローバリストそのものじゃないですか。

〝開国政権〟7年間で100万人増加した外国人労働者 「開国政権」が開いた「移民国家」への扉(1) Wedge ONLINE(ウェッジ・オンライン)

 安倍政権の下で急速に進んだのが、外国人労働者の受け入れだった。12年以降、日本で働く外国人の数は約100万人増加し、19年10月時点で約166万人まで膨らんでいる。肉体労働で顕著となった未曾有の人手不足を補うため、外国人労働者の受け入れが拡大されたからだ。

 増えた外国人は「労働者」だけではない。日本での「永住」の在留資格を持つ外国人も、12年末時点の約62万人から昨年末までに約79万人へと増加した。

 永住資格を得た「移民」に加え、「移民予備軍」の伸びも著しい。在留資格「技術・人文知識・国際業務」(通称:技人国ビザ)を有する外国人が増え続けているのだ。

技人国ビザは、ホワイトカラーの仕事に就く外国人を対象に発給される。日本で就職する留学生の9割以上が取得するビザでもある。在留期限は1年から5年まで幅があるが、ひとたび取得すれば、失業しない限り更新は難しくない。つまり、日本で移民となる権利を得るに等しい。そのビザの取得者数は、12年末からの7年間で11万1994人から27万1999人と約2.4倍になった。

史上類を見ない「開国政権」

 これらのデータからも、安倍政権は史上類を見ない「開国政権」だったと言える。そして「移民国家」への扉を開いたことでも、歴史に名を刻むかもしれない。

ウヨクって反オールドメディアだからニュース見ないのかなあ?

安倍信者が、安倍を支持しながら声高に「日本ファースト」や「移民反対」を叫ぶのを見る度に「肉屋を支持する豚」の文字が脳裏をよぎってしまうんですよねぇ。マジで。

普通に解せないんですよ。なん????( ゚д゚)ポカーン

 

知らぬ間に紛れ込んでいる外国勢力による攪乱

台湾でもしらみつぶしに電話をかけて雑談しながら親中政党を支持するように仕向けていくような草の根ステルスマーケティング行為が確認されていたりして、外国勢力の介入って個人レベル草の根レベルで分からないようにいつの間にか潜りこんでるんですよね。

安倍内閣にも、韓国カルトの統一教会が潜り込んでいたのに、それについては誰も一言も言わなかった。彼が統一教会信者の息子に暗殺されるまで、全く明るみに出なかった。

霊感商法、偽装勧誘、合同結婚式…日本はなぜ狙われたのか? : 日本を貶める不可思議な教団に侵食された自民党 | nippon.com

朝鮮半島の形は男性器、日本列島は女性器を象徴しているというのが、統一教会の主張だ。これがアダムとエバの話につながる。「サタンとセックスして悪魔の血で汚れたエバ=日本」なのだ。

さらに、「1910~45年の韓国に対する植民地支配の贖罪(しょくざい)が十分ではないので日本は韓国に奉仕するため、日本人の財産は全て寄付すべきだ」という考えにつながる。これには、文鮮明氏の個人的な怨恨(えんこん)も影響しているといわれる。文鮮明氏は40年代に、夜間学校早稲田大学付属早稲田高等工学校(51年廃校)に留学し、昼間は電気工事の仕事をしていたという情報もある。今よりもはるかに朝鮮の人に対する差別がひどかった時代だ。その忌まわしき経験から「日本人を懲らしめるべし」という考えが抜け難いものとしてあったという見方もある。

安倍元首相は、統一教会との関係に抑制的だった時期もあったと言われるが、長期政権維持のためにやがて両者は手を握る。そして最後まで関係を断ち切れず、悲劇を招いてしまったとみられている。

自民党の政策に統一教会の思想が及ぼした影響も指摘される。例えば、G7で日本以外のすべての国が認めている同性婚の問題はその一つだ。つい先日も、岸田文雄首相が、同性婚を合法化すると「社会が変わってしまう」と発言して炎上した。世界中で同性婚を認める流れができつつある中、日本の政府自民党が強硬に反対しているのは異様だ。

実は統一教会は以前から同性婚LGBTに対して敵対的な活動に取り組んでいた。自民党の政治家が選挙で教団の支援を受ける際に、「LGBT問題、同性婚合法化の慎重な扱い」といった項目が入った文書に署名させていることが報じられている。また、自民党夫婦別姓の導入に根強い反対論があることにも統一教会の影響が指摘される。

極右と極左の意味不明な戦争の二大議題「同性婚」と「夫婦別姓」。

統一教会キリスト教亜種なんですが、日本は明治に文明開化してお雇い外国人や頭脳明晰な人を海外に留学させるなどして、積極的に西洋の文化を取り入れその結果キリスト教の影響を強く受けています。

しかしそれ以前の日本はユーラシア大陸から外れた島国なので、殆どキリスト教の影響は受けておらず(仏教の影響は受けている/仏教とキリスト教は影響し合っている)、古代から続く民族宗教や、独自の文化や価値観を持ち続けています。

なので、日本の歴史的に「同性婚」や「同性愛」はむしろ普通にあるものとして認識されており、戦国武将の男性同士の恋愛や、歌舞伎役者の陰間(得に少年の頃は男性相手の売春を行っていたといわれる)、仏教では女性との性行為は禁じられ代わりに男性同士の性行為が行われたし、和歌でも男性同士の恋愛歌が残されていて、別に禁忌でもなんでもないです。歴史的に日本で同性愛が禁じられたとか、宗教的に禁忌であるなどといったことは一度も聞いたことがありません。

 

「保毛尾田 保毛男」のような民間レベルでの蔑視や虐めはあるかもしれないけれど、文化や政治として禁じるような文化は無い。

憲法や法律が「異性間婚姻のみ」を定めているのは、そもそも憲法や法律がキリスト教思想の根強い西欧を参考に作られていることと、婚姻制度が経済的弱者側の配偶者(主に女性)や嫡子の権利を保護する機能が強いからでしょう。

 

しかし現代は離婚や再婚も多く、また女性の経済自立も進んできているので、昔のような「結婚=永久就職」「結婚=若い男女」「結婚=家に嫁ぐ(或いは婿に入る)」というものでは無くなってきています。子無選択や、子供を産めない年齢の女性の結婚などが認められるのであれば、同性婚も認められるのが筋ではないかと思います。

 

選択的夫婦別姓に関しても、銀行口座や証券口座、車などの財産の名義変更だったり、職場や仕事場での関係者への通知であったり、結婚や離婚において名字を変えるというのは結構大変な作業であることは事実なんですよね。

離婚が増えているので猶更こういう手続きは面倒くさいと感じる。

1億2千万人もいるのだから、珍しい名字だから変えたくないとか、逆に珍しい名字が嫌で結婚して名字を変えたいという人もいるし、相手が珍しい名字なのでぜひその名字を名乗りたいとか、自分は平凡な名字だからとくに愛着も無いとか、まあ色々いると思うんですよ。相手の名字に変えると下の名前との繋がりがしっくりこないとかね。

もし私が勢喜遊って名前なら絶対名字変えないと思うし。鈴木遊とか全然イメージ違くなっちゃう。田中遊とか。インパクトゼロ。

 

様々な人がいるケースバイケースの中で、どうするか、出来るかどうかは、制度設計の問題であって、別に「国が禁止する」ような内容では全くないと思うんですよね。

 

同性婚反対は「みんなが同性婚しちゃうから誰も子供を産まなくなる」←は?w

選択的夫婦別姓反対は「戸籍制度の破壊だ!」とかで、反対する人の主張が全く筋が通らないんだけど、反対の本質が「統一教会自民党にそうしろと命令しているから」なら合点がいくんですよね。

 

逆に同性婚や選択的夫婦別姓を「やるべき」としている人たちも、どうやら当事者が本気で困っているというよりも、なんだか火をつけて回っているだけのようにしか見えないんですよね。ブームが去るとまるで忘れたかのように活動が消えてしまい、いつのまにか別のブームに移っている。当事者が本当に困っているなら活動が一時の流行で終わるはずがないので、真面目に考えるこちらが馬鹿みたいな気持ちになってくる。

 

ロシア「国際協力」で日本に情報操作 途上国支援、SNSで批判あおる - 日本経済新聞

日本の国際開発協力に揺さぶりをかけるため、ロシアが情報操作を仕掛けている実態の一端が政府の調査でわかった。トランプ米政権による米国際開発局(USAID)の閉鎖などに絡め、途上国支援にネガティブな印象を与える情報を拡散させた。経済外交の重要なツールである開発協力の分野で、世論の分断をはかっている可能性がある。

https://x.com/KNHjyohokyoku/status/1975086263893176429

やっぱりね。そんなことだろうと思った。 ロシアが日本の「国際協力」にまで情報操作を仕掛けていたとは。 スプートニクなどが日本語で「ODAをやめろ」「海外より国内を」といった投稿を繰り返し、JICAを悪者に仕立てていたという。 特にトランプ政権のUSAID閉鎖をきっかけに、「日本も援助をやめるべき」という論調が一気に拡散。 その後、アフリカ・ホームタウン事業の炎上も重なり、誤情報が雪だるま式に広がった。 政府の分析では、JICA関連のSNS投稿で“批判的な内容”はわずか8%から87%に急増。 つまり、ロシア発の投稿が火種になっていた可能性が高いという。 ロシアの狙いは、日本社会の分断と不信感の拡大。 “95%の真実に5%の毒”を混ぜる――まさに典型的な情報戦だ。 そして、そんな情報戦にまんまと乗っかる日本の極右インフルエンサーたち。 ロシアの手先だと思われても、文句は言えないよね。

外国勢力からの介入は分かりやすい「極左」だけでなく「極右」にも紛れ込んでいるんですよね。

「衆院選比例は『れいわ』とお書きください」中国の総領事がX投稿、政府「不適切」抗議 - 産経ニュース

松原仁拉致問題担当相(無所属)が提出した質問主意書によると、薛剣氏は10月25日、「全国どこからでも、比例代表の投票用紙には『れいわ』とお書きください」とXに投稿した。れいわの山本太郎代表の街頭演説の動画も引用したという。

れいわを支持する理由などについては、「どの国も一緒だけど、政治が一旦歪んだら、国がおかしくなって壊れ、特権階層を除く一般人が貧乏となり、とうとう地獄いきなんだ」と書き込んだ。薛剣氏のXのアカウントは8・3万人がフォローしている。

薛剣氏は5月、台湾の頼清徳総統の就任式に出席した松原氏や日本維新の会の和田有一朗衆院議員、北神圭朗衆院議員(無所属)ら日本の国会議員に「台湾といかなる接触も往来もせず」と求める抗議書簡を送った経緯もある。

外国勢力は右にも左にも紛れ込んでいて、分断や対立を煽って混乱を起こし、治安を悪化させたり、国を停滞させたりしている。

 

反日韓国カルトの統一教会は、日本でオカルトの脅しつけを行って信者から何億というような巨額のカネをむしり取り、それを反日ロビー活動にも使っていたと言われています。その統一教会自民党に食い込んで極右を煽り、また一方では立憲民主党やれいわ新選組共産党社民党などが、極左として活動。

政治が右も左も外国勢力にのっとられ、経済も国防もそっちのけでずーっとプロレスしてたんですよ。

だから日本はここまで落ちぶれてしまった。

 

日本は主権国家であり、国民主権民主主義国です。外国からの政治的介入は断固拒否します。

 

 

高市総裁爆誕立憲民主党が再びウザい左ムーブを開始

進次郎自公維連立で一部報道ではどのポストを分け合うかまで皮算用してたなどと言われていますが、その夢が儚く潰えた腹いせか、維新が首班指名玉木雄一郎と書いたらどうかとか、立憲民主党が「もともとは一つの党だったんだから」「政策どうこうなんて断る理由付けなだけでお題目なんだ」「この国難にどうするか。自民党を批判して議席をとったんだから」などと言い出しているみたいですね。

 

まあまず国民民主党は「自民党を批判して議席をとった」のでは全く無いし、議席をコツコツ増やしてきたのは、立憲さんが言う「お題目」が民意を得たからに他なりません。

逆に「自民党を批判して議席を稼いだ」立憲民主党は、自民党が衰退していく中で議席を稼ぐどころか横ばいで、むしろ比例票は大幅に減少してるんですよね。自民党から流れた票は、国民民主党や参政党が拾っている。

 

今民意としては85%以上もの国民が、初の女性首相を歓迎している状態であり、高市さんの若い頃のバイク乗りやメタルドラマーといった経歴も、アメリカの中高年男性を中心にかなりウケが良いです。

こんな状況で、日本初の女性首相を押しのけてしゃしゃり出るなんて誰もやりたくない。

本当に自民党をやっつける為に野党一丸となってというなら、それは石破政権が国民民主党との三党幹事長合意を反故にして、全く民意の無い維新の万博支援金や私立高校税負担化と引き換えに予算案を通した時点で言うべきだったと思います。

その時立憲は内閣不信任案を出す気配すらなかった。

それが高市総裁に決まった途端に、まだ彼女は何もしていないうちから大騒ぎで反対の為の反対をはじめ、足を引っ張る為の使い捨ての道具として玉木雄一郎の名を出してくるなんて、こんなの自民党と国民民主党の連携を良く思わない人間の嫌がらせ以外のなにものでもない。

 

個人的には、高市さんが対トランプ外交でどれだけ通用するかが非常に楽しみでして。

出来れば今後に向けても高市さんとは友好関係を築いておいて、その有効なカードについては是非継承しておきたいところ。

万が一本当に野党が玉木雄一郎と名前を書いて国民民主党が政権を担うことになったとしても、それこそ高市自民と連立を組んで、彼女に外交を担当してもらったらどうかと思います。

高市首相でも国民民主党は経済や防衛で協力が出来るし、逆にもしも玉木首相となったとしても、高市早苗さんを決して無下にはしない姿勢が、民意や外交で良い方向に働くと思われ。

逆に立憲や維新などと下手に手を組んだところで、喧嘩ばっかりでガタガタになるのは目に見えてますよね。今でさえいがみ合ったり裏切ったり蹴落としあったりしてるのにそんな状態でまともに組めるはずがない。

もしも不祥事や、問題をおこされた日には国民民主党まで「仲間」だと思われて、外からも内からも批判されてしまう。何もメリットないやんけ。

 

下らない政局争いや足の引っ張り合いに終始する国会に、国民はもういい加減うんざりしているんですよね。

国民民主党は下手に多党とくっついたり離れたりするのではなく、自分軸をしっかりもって、自他境界を明確にして、やるべきことを粛々とやり続ける姿勢が肝要だと思います。

信頼はコツコツと積み重ねていくことでしか得られないので。

 

https://www.threads.com/@political17_/post/DPlFbDQD_Ni?xmt=AQF0U1eqfBO5iYw6hvTyZFvru0MrQw5op3LODcffY7Ki3g&slof=1

垢BANされちったので当面こちらに棲息する所存です🫡

Clair Obscur: Expedition 33 クリア&トロフィーコンプした話(ネタバレ注意)

クリア&トロコンしたよ🙌

5月に念願のゲーミングPCを買いまして、息子も私もゲーミングライフを絶賛満喫中なんですが、GTA5をクリアした息子に引き続き、私も「エクスペディション33」をクリア&トロコンいたしましたー🎉

購入したゲーミングPCがマインクラフト同梱パック?とやらで、もらえる条件がXBOXのサブスクに加入することだったんですが、色々見てみたら息子がやりたがりそうなタイトルがあったので引き続き加入しておくことを決め、であるならば元を取ろうwと私も久々に本格RPGに着手。いや~面白かったですね。

調べて見ると2025年4月に発売されたばかりらしく、そんな新鮮なタイトルもサブスクで遊べるんだ!?とびっくり。

フランスで制作された作品なのですが、日本のゲームに強い影響を受けていて、なんか19世紀の浮世絵がフランス芸術に強い影響を与えた「ジャポニズム」の現代版みたいな感じがして面白いですよね。

フランスの日本アニメ好きや日本ゲーム好きは有名だけど、本当に好きなんだなあと。

日本のゲーム文化の影響を受けつつも、音楽や舞台設定、ストーリーには古典的なフランスの芸術がしっかりと根ざしていて、それにエキゾチックさがあるし、良い相乗効果を感じます。

日本のファンタジーって現代社会を基盤にそれが崩されるようなパターンに秀作が多い気がするんですが(真・女神転生シリーズとかゼノギアスの過去的な)、欧米のゲームはファンタジーというと古典的な中世の文化や妖精やドワーフのような完全別世界ものが多いかなという印象。でも日本人からみて馴染のない文化でも、欧米文化としては「慣れ親しんだ文化」なのかもしれません。「指輪物語」や「ナルニア国物語」みたいな。

どこを見ても美しい世界

トロコンで苦労した話

はじめの方は攻略サイトを利用せずに自力でやっていたんですが、このゲーム強くてニューゲームがあって周回ありきで設計されているので、知らないと取り返しがつかない要素が最初の方にいくつかありまして、ACT2に入ったタイミングで、はじめからもう一度やり直しています。

大きな大陸のマップはあるのだけど、各エリアのマップは無く、攻略サイトのマップを見ながら進めていかないと重要なアイテムの取り逃がしもしやすい。何度も戻ったりしてると時間かかっちゃいますしね。

各キャラクターの技の特徴や戦い方なども初見で把握するのが難しく、普通にストーリーだけこなすにはどうとでもなるのですが、隠しボスなどを倒すには漫然とやっているだけでは難易度が高すぎてしまいます。

トロコンで特にしんどかったのが、「ジェストラルの浜辺」(ミニゲーム)と隠しボスの「シモン」ですね。

シモンに関しては、レベル99まで育てても一撃当たっただけで即死だし、シモンのHPが1/3以下になるとチームが強制退場させられてしまうしで、リコートというアイテムによるステータスの振り直し(HPや防御力高めても攻撃力低いと倒せないし、すぐ死んでしまうので、防御無視して攻撃力特化にする必要あり)や、ピクトス・ルミナでデバフ系含め攻撃力に振り切るアタッカーと補助を用意する必要がありました。

私は「マエル」攻撃力特化のアタッカー、「シエル」マエルの攻撃力を二倍にできる支援と自動消滅で仲間に盾を付与、ブレイクダメージ補助と通常攻撃コンボ、攻撃でデバフを与えるルミナをつけた「ヴェルソ」でフリーエイム(銃)を撃ちまくり攻撃コンボでブレイク(麻痺)させるパターンで、ゴリ押しで倒しました。

シモンは仲間が盾を持っていると盾を盗むのでその習性を利用して攻撃させないようにして、無防備やブレイクなどのデバフで敵の防御力を奪い短期集中で倒すパターンですね。

マエルの火力が弱い場合はマエルのグラディエントアタックLV3の弱い敵を抹消するという技で倒すパターンもあるみたいですが、エクスペディション33で間違いなく最強、ボスより全然強いシモンが「弱い敵」だと…?とにわかには信じられません。

私は全部やり込んでから最後にストーリーをクリアしたのですが、シモン戦でゴリマッチョになってしまったのでラストボス戦が瞬殺雑魚過ぎてやばかったですw

一旦エンディング見たあと、ボス戦後から続きができるようになっていて、やりこみはストーリーの後でやってねという仕様だったw(更にその後難易度の高い強くてニューゲームもできるらしい)。



エンディングの話

エンディングは二種類用意されていて、「マエル」か「ヴェルソ」を選択することでどちらかを見ることができます。

ただオートセーブなので、自分で任意のタイミングでセーブすることが難しいんですよね。

ネット情報だとどちらかを見たあとに、オートセーブが二回更新される前にロードし直せば2つとも見れるとあるんですが、私は普通に一個みたらオートセーブですべてクリア後データになってしまっていて、戻ることが不可能でした(また最初からストーリークリアするの嫌だったので、もう一つはユーチューブに上がってるのを見ちゃったゴメソw)

個人的には「マエル」がバッドエンドで「ヴェルソ」がトゥルーエンド(ハッピーエンドではない)かなという印象。

私はとりあえず「マエル」を選択したんですよねぇ。どうしても幸せなギュスターヴの姿を見たくて。

人間らしい弱さと人間ならではの強さを持ったギュスターヴ

シナリオ的にこれはハッピーエンドにはなり得ないなとは思っていたんですが、やはり現実逃避の仮初の幸福という違和感がありまくりのエンディング。

YouTubeで見たw)「ヴェルソ」エンドは「正しい選択」というしかない終わり方で、まあそうなるしかないよね~という。

いずれにしても大団円とは程遠いちょっと苦みのある物語で、強いていうなら(特殊能力もった)家族の物語であり、未熟な若いマエルの成長譚なのかなと。

 

非常に評価の高いゲームなんですが、実際やってみて私もとても楽しむことができました。ずっと心のどこかに残り続けるような名作だったと思います。

 

知性とはなにか本気だして考えてみた。

最近SNSに食傷気味で。とにかく他者の思考に対して辟易しているというか、色々なことが面倒くさくなってしまいまして。一度、人間とは、社会とは、知性とは何か、みたいなことを自分的に把握して言語化しておきたいなと思います。

 

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参考として色々脳や心理学などの本をいくつか読んだのですが、非常に面白くて参考になったので、興味がある方は是非読んでいただきたいなと思います(特に「無知の科学」はめちゃくちゃ面白かった)。

人間は社会性があるから生き延びてきた

ホモサピエンスが誕生したのはおおよそ20万年くらい前と言われていますが、その頃から既に人間はチームを組んで高度な連携を行い狩りをしていたと言われています。

そしてホモサピエンスの脳はその当時から現代に至るまで、脳の容量は変わっていないのだそう。

ちなみにネアンデルタール人ホモサピエンスよりも脳容量が大きい者までいたけれど、発達しているのは主に視覚に関わる後頭葉の部分で、ホモサピエンスは知性を司る前頭葉が発達している。

脳の大きさは構築する社会集団の規模の大きさと比例していて、ホモサピエンスは狩猟時代から現代に至るまで150人くらいが社会構成の一つの単位と言われています。

多くの人は人間は原始時代と現代とで全く異なる状態で、原始人が少しずつ進化してきて今に至ると思っているんじゃないかと思うんですが、(まあ見た目とかは変わっていると思うけど)脳の容量自体は殆ど変わっていないらしいんですね。

現代社会において私たちは、水洗トイレ、上下水道、エアコン、PC、スマホ、自転車や自動車などなど、様々な文明の利器を使いこなし、原始時代とはくらべものにならないほど快適で便利な生活を送っています。

しかし、ではいきなり一人で無人島に送り込まれて今と同じような生活を再現できるかと言われたら絶対に無理ですよね。おそらく石器時代の原始人のように、殆ど裸で過ごし、石や骨で武器を作るのがやっとではないでしょうか。

人間個人が出来ることには限りがあり、一人の人間は殆ど無力と言っても過言ではありません。

人間ははるか古代から群れとして協力し合い分業することで、現代のような文明を築くまでに至ったのです。

積み重ねられてきた集合知

アイシュタインは「自分以前の偉大な科学者の知見なしには相対性理論を考案することは不可能だった」と言っています。

コペルニクスの研究には古代ギリシャ人が構築した観察手法や技術的枠組みが不可欠でした。

偉人伝のような物語によって歴史の偉人を学ぶとき、事実は単純化されてまるで一人の超絶的な天才が驚くようなイノベーションを起こしたかのように思ってしまいがちです。しかし実際はその物事について何千、何万という人たちが長い年月をかけて少しずつ積み上げてきた知識があって初めてイノベーションが起こるのです。

あらゆるテクノロジーや文化がそうやって沢山の人の知性を集め影響し合って、古代から現代に至るまで積み重ねられてきました。

例えば昆虫採集を趣味にしている男性が一生をかけて周辺の昆虫を少しずつ採集して標本にしていき、やがて亡くなったとします。一個人の研究はそれほど注目されるような目覚ましい発見は無かったかもしれません。しかし死後にその標本や資料が研究者や博物館の元に寄贈されて集まると、やがてそれは膨大なデータとなり、貴重な資料となる。

頭の良い人たちって自分の知識を惜しみなく社会に発信するんですよね。自分の知っている情報を開示し、別の人から受け取り、情報を考察し、自分の考えを発信する。

人類が社会的分業によって生き延びてきた生き物である以上、このような知性の相互発信は一つの種族維持本能なんじゃないかと思います。

一人ひとりの力は微力で時間も有限ですが、それぞれが自分の得意分野や興味ある事に専念し、数が集まると社会全体で大きなイノベーションが起こる。

科学だけでなく音楽や美術なども、先人の影響を受け模倣し少し工夫を加えて新しいものが出来ていき、そうやって影響し合いながら少しずつ変化して進化していく。

人間は社会の中で役割分担する

人間て万能で何でも出来る完璧な人っていなくて、苦手なこと出来ないことも多いけど、これだけは得意というものがあったりしますよね。

IQ分布図などを見ても、人はある種の法則性をもってバランスをとって生まれるように出来ているのが分かります。

何故なのかなと思っていたんですが、この社会的分業という視点で見ると理由が分かる気がします。

例えば全てのステータスが同じものが二つあったとして、どちらがより目的に適しているかを選ぶことは難しいですよね。敢えて得意不得意が偏っていた方が、本人が自然に苦手なものを避けて得意なことを担うようになっていくので、おのずと社会的分業が行われやすくなる。

知性がある者は知的探求を、絵が好きな人は絵を描き、料理が好きな人は料理を研究し、身体を動かすのが得意な人は肉体労働を担い、音楽が好きなら音楽を奏でる。

最近は猫も杓子も大学に進学し、皆そろってホワイトカラーにつきたがるので、職業の偏りが著しく、肉体労働を担う人がおらずに外国人労働者に頼るしかない状況が起きていますが、IQ分布図を見ても分かる通り、知的労働に適した脳の持ち主は(IQ110以上と定義して)おおよそ20%くらいのものです。それ以外の大半の人たちはそもそも知的労働に適していない。

人間社会が役割分担で発展してきたことを考えれば、知的労働はその役割のうちのほんの一角に過ぎません。他にも重要不可欠な労働は沢山ある。

例えば狩猟時代で考えてみれば、計画を立てたり指示したりする人はほんの数人で良く、その他に武器を作ったり、狩りの実行部隊がいたり、獲物を捌いたり、料理や育児をしたりといった重要で欠かせない役割分担沢山あったはず。

今も昔も職業に貴賤は無く、全てのプロジェクトは沢山の人たちが協力することでしか成し遂げることは出来ません。

知的作業に向いている脳と向いていない脳の違い

「知っているつもり無知の科学」の中で分かりやすい例題が多く取り上げられていたのですが、例えばIQを図る為のいくつかの作業やテストなどで何か一つでもスコアが高い人はその他の作業やテストでもスコアが高い傾向があり、1つの作業やテストのスコアが低い人はその他の作業やテストでもスコアが低くなる傾向があると。

IQだけが知能の全てでは全くないのですが、IQは前頭葉などの大脳皮質が11歳くらいで急速に厚くなることが分かっているようです(その後はまた薄くなるという話も?)。

とりあえずIQに関しては遺伝的な要素が80%くらいあり、それは脳という臓器のスペックに依存すると思って間違いないようです。

 

IQテストの他に「認知的熟慮性テスト」というものがあります。

認知的熟慮性テスト - 南無煩悩大菩薩

1.バット一本とボール一個の値段は合計1ドル10セントである。バットはボールより1ドル高い。ボール一個はいくらか。

2.5つの製品をつくるのに5台の機械で5分かかる時、100の製品を100台の機械で作るのに何分かかるか。

3.池の一部を睡蓮が占めている。睡蓮が占める面積は毎日大きさが倍になる。睡蓮が池全体を覆うのに48日かかるとしたら、池の半分を覆うのに何日かかるか。

どれも考えさえすれば非常に簡単な問題で、答えを導きだすのに必要な学力も小学生レベルがあれば十分ですが、アメリカ国民の正答率は20%にも満たないとか。

「考えることさえもせずに思いつきを口にする」人が非常に多いのだそう。

この熟慮性スコアが高い人は、日常生活の中でも例えば商品を選ぶ際にスペックや機能の説明をしっかり把握してから選択するが、熟慮性スコアが低い人は、CMタレントやキャッチコピー、見た目やブランドなど表面上の印象で選択し、詳しい説明を聞くのを嫌がるなど、明らかに日常の行動に差異が生じる。

最近AIが身近になったことでも、熟慮性スコアの高い人と低い人の明確な差が出ていると思います。スコアの高い人はAIをツールの一つとして利用しますが、スコアの低い人は「考えることそのもの」をAIに依存しようとするんですよね。

戦前と戦後で日本の高等教育の在り方が大きく変わったという指摘がされていまして、現在の日本の教育の在り方は「教科書に書いてあることを暗記して、正確にテストに回答する」ことが目的になってしまっています。昔はそうでは無かったけれど、高度経済成長とともに大企業が「そういう人材」を求めたことで変わってしまったのだそう。しかしテストの成績が良い人が社会に出て活躍するかというとそうではないということが指摘されていて、これはあまり良い人材教育にはなっていないということは多くの人たちが気付き始めているんですよね。

最近の一流大学のテストでは「文章を読んで、限られた文字数の中で的確な本質を要約する」というような設問が増えてきている模様です。

がり勉学歴主義を頭がいいと誤認する社会的な認知の歪みが、本来は知的作業が得意ではない脳を知的作業が必要な職に割り振るというミスマッチを産んでしまっているんですよね。それによって様々なところで停滞や混乱が生じている。

人間の脳は精密な記憶力を必要としていない

テストで高得点を取ることは、興味が持てない退屈な知識をより正確に記憶しておき、いつでも出し入れできるPCのハードディスクみたいなものです。

ASDサヴァン症候群超記憶症候群といったいわゆるギフテッドと言われるような人たちがいます。

彼らは一度見ただけの景色を細部まで詳細に記憶し絵に描くことが出来たり、一度聞いた音楽をピアノで再現することが出来たり、何十年という過去に遡り何年の何月何日は何曜日かという質問にすぐに回答することが出来たりします。

多くの人がそれをものすごい天才だと思い、羨ましいと思うかもしれません。

しかし実際そういった超記憶症候群と認定された人たちの大半が鬱症状を示しており、日常生活に支障が出るなどの苦しみを感じているそうです。

覚えておく必要性が無い情報が常に頭の中に存在し続けることのストレス。そして、例えばしょっちゅう登場するふさふさの四つ足の生き物が「犬」という属性であることが認識できなかったりするそうで。

普通の人の記憶力をハードディスクで例えるとその記憶容量はわずか1GB程度だという報告がありますが、人は視覚や聴覚、感覚などによって得た情報を元に世界モデルを構築・把握し、その中で重要だと思った情報だけを抽出して記憶し、不要な記憶はどんどん削除して整理しているのだそう。

何故なら人間は起きたことを全て記憶することを目的としてはおらず、得た知識や経験から、不確実に満ちた未来に対処することを目的としているからなんですね。

以前にも経験則について言及したことがあったと思うのですが、得た知識や経験という具体的な出来事から本質的なものごとの抽象化を行うことで有用な情報をストックしていき、自分の身に降りかかる出来事に対処するという、問題解決能力を左右することにつながるわけです。

大脳皮質とニューロンネットワーク

人間は脳が大きく発達した為に脳が産道を通れる頭ギリギリの大きさで、他の哺乳類などに比べると未熟な状態で生まれてきます。

https://kololoryukyu.com/brain.html

その為に産まれたばかりの赤ちゃんは大脳新皮質ニューロン形成がまだ真っ白な状態らしい。最低限生命維持活動に必要な脳幹(下位脳)が動いているだけで、母乳に吸い付いたり、手のひらに何かが触れると握りこんだりといった原始反射があるのみ。

成長と共に大脳新皮質と古い脳が結び付いていき(コラム)、例えば頭で息を止めようと考えることで古い脳に指令を出して息を止めることが出来るようになる(酸素が足りなくなり体に害が及ぶと判断すれば意志に関係なく古い脳は呼吸を再開する)。

この大脳新皮質の発達が遅れたり、上手く形成されなかったりすることで、下位脳レベルの常同行動や反射的行動が出てきてしまう状態が発達障害の一つなのだそう。

古い脳・下位脳と、新しい脳・上位脳の行動の組み換えが上手くいかなかったということなんですね。

ニューロンシナプスには「可塑性」と呼ばれる柔軟性がある為、何度も繰り返し訓練することで大脳新皮質に必要なネットワークを形成させることが可能で、それが療育と呼ばれているのだそう。

人間の脳がどのような仕組みで動いていて、どのように情報を把握し世界モデルを構築しているのかは殆ど分かっていないのですが、一応ニューロンに情報が蓄えられ、シナプスのつながりによってネットワークが構築されていると考えられていますよね。

それで私思ったんですよね。IQや熟慮性などは多分生まれ持った遺伝子的特徴だと思うのだけど、大脳新皮質に構築されるニューロンネットワークは環境やその人の身に偶発的に起きたことや経験が非常に大きいのではないかなと。

何故陰謀論や極端な差別意識などが蔓延るのか

現代社会で生きる私たちは、地球は丸いとか、地球は太陽の周りをまわっているとか、ブラックホールなんてものがあるらしいとか、宇宙は無限だとか、そういうことを「科学的事実」として信じています。

しかしそれは実際に目で見て確かめることも出来なければ、体験することも出来ません。宇宙飛行士やNASAや物理学者などが提供する写真や情報を見て「そうなんだ」と信じるだけです。

世の中にこうした「実際には確かめることは出来ないけれど、そうである」と考えられている「社会が共有する認識」はありとあらゆるところにあります。

一昔前であれば、妖怪や鬼や妖精や神といったものが、まことしやかに信じられていました。

私はスラブ地方のバンパイア伝説や狼伝説などがとても好きなのですが、1990年に行われたN.Yのグリスウォールド墓地の発掘で、棺桶の中から心臓が抜き取られ、頭骨と大腿骨を組み合わせてクロスさせた遺体が発見されているのだそう。

これは19世紀半ばの人々の間で結核をヴァンパイアだと思い込む偏見や迷信があり、二度と蘇らないようにというまじないの為に行われたもので、海賊旗のマークもそれが由来なのだとか(俺たちに近づくものには死あるのみ)。

 

世の中には「それはいったい何を根拠に言っているのだろう?」と不思議に思うようなことを根拠無く自信満々に断言する人が一定数存在します。

自分の体験でもなければ、統計や調査などで証明されているわけでもないようなことを、主語デカで、恰も確定された不動の真実であるかのように断言する。

「女は本能で優れた男の遺伝子を欲しているのだ!」とか。そんなこと言ってる女性を私は見たことありません。断言しているのは女になったことのない男だけ。

科学的事実を言うと、女性が持っている本能は「遺伝子が近い相手を臭いと感じて避ける」ということだけです。種族維持本能は未来の不確実性に対応する為に遺伝子の多様性を担保したいのです。「優れた遺伝子」などという考えは、物質的価値観にとらわれた男の妄想に過ぎません。「優れた遺伝子」などないのです。

未来の不確実性というのは、何かの病気が蔓延したり、食糧難や食べ物に毒性があったり、気候変動が起きたりといった様々な環境要因のことであり、何かしら災害が起きたときに一網打尽になって全滅しないように遺伝子が多様であればあるほど保険になるということ。ちなみにコロナは欧米と日本とで被害に大きく差があり「ファクターX」などといってその原因を突き止めようとする動きが見られました。今では白人側にコロナへの脆弱性を示す遺伝子が見つかっているとのこと。

また、遺伝子が偏るとハプスブルク家のように遺伝病が起きて多産を上回る多死によりその集団は絶滅します。

そういう変な思い込みを持っている人というのが世の中には非常に多い。「不倫は本能だ厨」とかも。

人間は社会的な生き物であり、他害行為や自己中な言動は、信頼関係を構築出来ない為にコミュニティから追放されたり、孤立に陥ったりする危険があります。20万年前の原始人でさえも、150人程度のコミュニティを築き高度な連携による狩りを行っていました。その中に人を裏切ったり他害行為をする人間は当然ながら存在したとは思いますが、原始時代においてそれはそのまま死に直結するような大きなリスクだったと思われます。

そのような生存や種族維持に反する衝動は「本能」とは言えませんし、実際に研究ではパートナーを裏切ったり暴力をふるう人間の大半が若い頃からの過度の飲酒や喫煙などで、ドーパミン報酬系前頭葉のつながりが弱くなり、本来生きていく上で重要なことがまともに判断・制御できなくなる一種の脳の病気の状態に陥っていることが明らかになっています。

制御できない強い衝動=本能、という短絡的な結びつきがあるのでしょうが、それは本能では無く脳の病気なのです。

 

私たちは自分の目で見て確認したり、体験したり出来ないことでも、学習しそれが本当なのだと思い込むように出来ています。しかし知的能力が高い人は、有益な情報とゴミや雑音の選別に長けていますが、そうでない人も実際非常に多い。

社会的分業を考えた時、本当に知的作業に適した脳みそが知的作業を担うことが実現可能であれば、知的作業に適していない人たちは、考えることを他者にお任せして余計な口は挟まないというのは理にかなった姿勢であるとは思います。

本当に優れたリーダーはIQとEQが両方伴い、社会的倫理観があり、善意で動くと言われていますから、プロジェクトの仲間たちはお互いに信頼してそれぞれの担当する分野を頑張ればいい。

また優れたリーダーは自分は偉大であると傲慢にならず謙虚で、多くの専門家のそれぞれ必要な意見に対して真摯に耳を傾けるとも言われています。

知的作業が得意な人は、情報の取捨選択(それは脳で言えばニューロンシナプスのネットワークの構築であり、シナプスは必要な繋がりを密に強くする一方、不要な繋がりは弱くなる)や、柔軟性(脳神経の可塑性)があり、情報収集に積極的で、熟慮して結論を出します。そういう人は極論に偏らず意見が穏やかな傾向が強い。

知的作業が苦手な人は、説明を受けるのを嫌がり、良く考えずに思いつきをそのまま口に出し、根拠のないことを確固たる不動の事実であるかのように盲信し、過激で暴力的な攻撃性を示します。

なんにせよ人間には思考の枠組み(スキーマ)があり、それが言動のバックグランドでいつも稼働していると言われています。

そのスキーマがどうやって形成されるかというと、国や文化、言語、環境、周りの人たちからの影響を受けて形成される。それは多分ニューロンネットワークそのものなのでしょう。

生まれた時は真っ白の状態であり、どんどん情報を吸収してスキーマが構築されていく。遺伝的傾向も左右しますが、殆どが後天的に環境から得た情報で作られていくのだろうと思います。だからIQ(ハード)は変えることは難しいけれど、EQ(ソフト)は育てることが出来ると言われるんですね。

キレやすく暴力的な子供は、親から躾と称して暴力を振るわれて育っていることが多いのだそうです。暴力や怒声などの無い環境で育てられると子供は穏やかに育ちます(これは犬や猫も同様です)。

最近「さす九」などと言って九州地方の男尊女卑がSNSで話題になっていました。そのような地域や集団の中で蔓延る共通意識なども「スキーマ」の一つです。

 

知的作業が得意な人はあまり他者と積極的に関わろうとせず、一人の時間に熟考することを好みます。そして本を読んだり同じ知的作業が得意な人の意見を参考にしたりする。

知的作業が苦手な人は、他者の群れに紛れることで生存確率を高めようとします。難しいことは理解出来なくてもそのコミュニティに所属していることで、誰かがいつのまにか問題に対処してくれる。考えることは苦手なので、経済的成功者や権力者、或いは宗教の教祖などの言うことに盲目的に付和雷同する。

 

人間社会が大きな集まりの中で分担作業でここまでテクノロジーを積み上げてきたことは間違いない事実であり、人に優劣は無いし、職業に貴賤は無いと思います。

ただ、体力がない人に肉体労働が難しいように、知的作業にも向き不向きは確実にあるんですよね。

基本的には社会的倫理や法の下で、大きく逸脱したり他害行為をせずに、自分に適した役割分担を担って幸福に生きられたらそれで良いじゃないかと思うのです。ただ、知的作業に向いていない人が、自分は頭がいいと誇大妄想を持ち(ダニング・クルーガー効果という)、クソの役にも立たないどころか害悪でしかない情報発信しすぎじゃね?って思ってしまうw。

ネットが発展したことで、専門家が情報を惜しみなく公開し、私たちはそれにいつでもアクセスすることが出来る。AIが身近になったことで、海外の外国語で書かれた情報までも検索してもらうことが可能になりました(マジでありがたい)。

一方でほんまにどーしょもないバカの集まりも可視化されてマジで鬱ですw

特に本来知的作業が得意な人たちで構成されるべき政治家や官僚が、ほんと頭悪すぎじゃない?って人間で埋め尽くされていることにほとほと嫌気がさしてしまったw

もうこれ詰んでるやんと思いまして。

これね「がり勉丸暗記」を「頭がいい」と誤認し続ける以上、解消することは非常に困難ですね。

とはいえ少しずつ、ほんとうの知性とは何かということもアップデートされつつあるなとは思うので、世の中が良い方向に向かうことを願うばかりです。