地底海に眠る

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アルフレッド・アドラー「生きる意味」読書感想文

私は基本的に心理学は脳医学が発達する以前の対症療法であって、心理学が心の病や不具合(脳の機能低下等)を治療することは不可能だと思っています。しかし臨床現場において多くの人を扱い情報統計として残る心理学というのは人々を理解するのに大変有用で、学ぶ価値は高いとも思います。

SNSやネット記事などでもよく見かけるアドラー心理学は有名ですよね。どちらかというと生き方や考え方指南、ハウツーもののイメージがあります。

アドラーの基本理念は「社会、仕事、愛などの人類が避けることのできない物事に対してどう行動するのか」ということ。例えば社会に対する帰属意識や貢献する意思があるかないかということを彼は非常に重要視しており、そういった意識が持てない人間は育てられ方に問題があると説いています。

特に「甘やかし」について彼は頻繁に警鐘を鳴らしています。

様々な問題行動や精神的問題のすべてを「甘やかされたから」で片づけるのは、彼が散々批判しているフロイトの性的リビドーと同じくらいの暴論だとは思いますが、中でもいくつか的を射ているなと感じるものもありました。

甘やかされた子供について

自分の身近な範囲でも過度に甘やかされて育った子供は大人になってからも根拠不明の誇大妄想を抱いていて、何の理由が無くても「自分は他者から与えられる存在である」といういわゆるテイカーの心理状態に陥っていると感じます。

恋愛においても相手に父親や母親のような愛情を求め、対等なパートナーではなく寵愛を受ける子供のポジションを求める。

コミュニケーションの距離感が妙に近く礼儀や配慮を欠いた子供が甘えるような言動になりやすい。他者へ愛情を与えることよりも、自分が褒められたりちやほやされることを過度に期待している。やってもらうことを当たり前だと思っているので感謝の気持ちが全くない。

自分を過保護に扱ってくれる安心できる家族のコミュニティに過度に依存し閉じこもりがちで、他のコミュニティや他者と上手く関係性を築くことができません。

順風満帆な時には「(親からウケのいい)よい子」の言動をするので問題が分かりにくいが、何か困難やトラブルが起きて自分の「思い通り」にならなかった時に、不貞腐れたり問題から逃げたり、他人に問題解決を丸投げしてしらんぷりなど、行動の問題が表面化します。

他人からの援助やギブによってうまくいっている時はご機嫌ですが、困難に直面した時には他人は全て敵であるかのように腹を立てて攻撃的な言動を繰り返します。

アドラーの指摘する通りこのような過度に甘やかされて育った人は、自分のことは自分でやるという最低限の精神的自立ができていない為、社会、仕事、恋愛において様々な困難に直面することになるでしょう。

アドラーの言う「共同体意識」と「生きる意味」とは

アドラーの言う共同体意識とは単なる身の回りの人間関係だけではなく、人類全体が幸福になる為に個人がいかに貢献できるかという大きな方向性についてです。

歴史を見ると人類の発展はごく僅かな天才が牽引しており、圧倒的大多数はその貢献にあやかっているに過ぎない。人類の幸福に貢献できずに死んだものは「何も残さずに消えた」とさえ言い放ちます。

彼は1870年に産まれた日本でいえば明治時代の人ですが「我々の文化が遅れている為に、男性が優位で女性は立場が低いという間違った考えを持ちかねない。このような間違った考えをもって育つと、男性は容易に横柄になって共同体に反した結果をうみ、女性は自分の性別に疑問を持ち健全な生殖活動(子供を産み育てること)の準備ができないまま大人になってしまう」と指摘しています。

このような指摘は大変慧眼であり、100年前の人でも天才は時代の先を見ていますね。逆に21世紀となった現代社会でも100年どころか1000年前から全く進化しない凡眼も沢山いますね。

まとめ

脳医学が発展してきた現代において心理学は前時代的な学問と感じることもありますが、やはり理論的思考力や観察力の高い人の言うことは100年経ってもハッとさせられることが沢山あります。すべてを真に受けることはおすすめしませんが、学ぶことも多い本でした。